氷が解けて薄まるように
前回の日記から2か月経過。
前進したことは特になく、マイナスをゼロにする2か月だった。
4月に意味不明な鬱が激しくきて動けなくなってしまった。
また死に損ねたのでこうして何となく文字を書き連ねている。
就職も思うように決まらず、私より後に辞めた人が順調に転職したり順調に回復していくのを見たり、周りが年度替わって新しい人生を歩む中、一人孤独の隙間に墜ちてしまってみんなの後ろ姿を見ている気持ち。
あるいは、風邪で休んでしまって今学校ではなにしてるのかな、みんな何してるのかな、どんどん進んでるのかな、私はついていけるのかな、私は、と心だけ分離してしまったような。
何となく毎日さびしい気持ちと惨めな気持ちを抱いている。
そういう気持ちを理解してほしいとも理解する必要があるとも思わない。
ただこの「どうしようもない孤独感」は本当に精神病には厄介だと思う。それだけは誰か、わかっていてほしいと思った。
常に連帯をしろ、なんて思わないし連帯は足の引き摺り合いになることだってある。誰もが未来に向けて明るく向上心を持たねばならないなんて全員が思っていればキモチワルイと思うし、それはある種人間的であり社会であると思う。
色んな人が正論を言うたびに「じゃあ私のこのケースはその理論をどうすればいいんですか、私には答えが見つからずにここまで来ています」というと全員どこかに行ってしまう。
病気が悪化するたびに人間関係がどんどん薄まっていく。氷が解けて薄まるカルピスのように。0ではない、ただ、求めていたもののごく一部しか味わえない、そういうのがどんどん長くなっていく。そのたびに「私はこんな状態で生きていて価値があるか?」という問いかけをする。答えは常に「ない」だ。
だけど私はどんどん薄まる人生を止めることができない。
今日もまた薄まっていくことを眺めながら終わる。
せめて誰かの人生は綺麗であることをほんの少しだけ願って。
欲を言えば、誰かに原液を足してもらいたいと傲慢にも思いながら。