幸せは途切れながら続くのか?

フィクションですといいたい

逃げることの目的は生きるため

新卒1年目で過労で自殺した方のニュースが連日報道されています。お悔やみ申し上げる、よりも先に「同じ年の、いわゆる『勝ち組』なんて言われる人でも、そういうことになってしまう」という現実について考えました。

 

 

私もひとことではなく、新卒1年目でうつ病になり(これは再発なので、厳密には過労とかではないとは思うんですが)休職したので…ただ無責任に「休職すればよかったのに」とは手放しに言えない気がするんですよね。

なんというか、もう視野が狭くなっちゃって、周りが誰も止めてくれない、医者にも行っていない、薬にも頼れないとなるとある日突然「これを止めるには死ぬっていうのが一番なのでは」というのにたどり着いちゃうんですよ。

ビルに行けば「ここから飛び降りたら死ねるか?」ホームに行けば線路に吸い込まれる感覚に襲われる(もしかしたら、世間の多くの人身事故はこういうふとした衝動が故に起こるのかもしれないですが) ベルトを見れば「これで首を吊れば」とか考える。

 

私は自分の経験を振り返ると、どうしても「世の中これだけ残業して過労と言われるのに、自分はそこまでじゃないし、なんで病気なんかに…」と自己批判に走ってしまって余計につらくなるという。自分で自分を許すことができない。

もしかしたら、件の方も自分で自分を許すことが出来なかったのかなぁ…それはしんどいことだなぁと思います。

きっと東大に入るためにノルマをこなしてきた人生、自分の限界を決めずに目標にひたむきに頑張る、そういう努力ができた人だからきっと仕事でもそういう風に頑張ったんだと思います。

世の中のいろんな意見をみて、自分に対しても自問自答するというか…いったいいつになったら私も私を許すことができるようになるのだろうか…とか…。

 

死ぬぐらいなら辞めればいいのに、休職すればいいのに、というの、たぶんもう「病院へ行く」というコマンドもなかったんでしょう…。あと意外と病院選び、ハズすとまた地獄があるので追い打ちかけられちゃいますし…。企業のメンタルヘルスチェックが機能していないのも問題だと思いますけど!ここまで来てたら業務に支障をきたすとかなってなかったのかな…誰もおかしいとか声かけてあげられなかったのかな…とか。

 

休職した経験からいえば、休職してひたすら無になって戻ってもいいし、戻らなければ自然退職になるのでそこから始めてもいいんだろうなと思います。あくまで思うだけで、そもそもその実行能力を回復するために治療が必要でただそれがどれくらいかかるか分からないという、先の見えないトンネルに入らないといけないと思いますが。

 

でも病気してから人の考えてることとかを極端に読み取ったり、極端に読まなかったブレが激しすぎて疲れる今日この頃です。

ちなみに希死念慮っていうのは絶対に会社に伝えちゃいけないんだぞ。みんなそういうこと早く教えてくれよ…(会社側から実家に電凸された)(そして先週はずっとそれの対応に追われた)(産業医面談で色々本音をいいすぎてまたどんな報告が上がってるのか震えてる)

 

 

結論:来世は柴犬になりてえな